出エジプト記講解シリーズ

出エジプト記講解シリーズ

神の前での償い

モーセの十戒に続く、具体的な法を語る箇所から学びます。十戒は「盗んではならない」、「姦淫してはならない」と大変簡潔ですが、実際の生活では「グレーゾーン」と思える場面も多々存在します。そんな時に、何を基準に判断すれば良いのでしょうか。また、何が最も大切なことなのでしょうか。その点に注目してみていくと、現代の法の理念を超える、聖書の法のユニークさが見えてきます。聖書から、そのユニークさを説き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

償いについての教え

「他の人自身やその所有物に怪我を負わせた時にどのように償ったら良いか」。一見するととても細かい事柄に思えますが、人間が生きていく限り、避けられないことでもあります。聖書はそのような場合に備えて、事例を挙げながら、その解決基準を示しています。その背後にある精神は一貫しており、「人間とは何か」という問いにも十分な答えを与えてくれるものでした。「現実の世界から遊離した高邁な思想」ではない、聖書の生きた教えを、詳しく学んでいきたいと思います。
出エジプト記講解シリーズ

いのちについての教え

神の民にとっての「憲法」がモーセの十戒だとすれば、出エジプト記21章から語られるのは「法律」です。では、その法律の先頭に位置するのはどんなことでしょうか。意外なことに、それは「奴隷の扱い方」だったのです。現代の感覚からするとなかなか理解しにくい側面もありますが、当時の時代背景を踏まえてみていくと、実は聖書がかたる「いのち」の理解が見えてきます。それはどんなことだったのでしょうか。丁寧に解き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

神への恐れ

「モーセの十戒」が与えられた直後のイスラエルの民の姿から、「神を恐れる」とはどのようなことかを学びます。「一方的な恐怖」とも、「ただの尊敬」とも違う、キリスト教信仰に特有の「神への恐れ」とは何だったのでしょうか。また、3000年以上もときを隔てた現代の私たちに、どんなメッセージを発しているのでしょうか。聖書から丁寧に説き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

新しさを生きる

2022年の新年礼拝にて語られたメッセージ。過越の日を前に、イスラエル人に「暦を新しくせよ」と主は命じられます。実はこのことは、単にカレンダーを取り替えるという実用上の目的以上に、深い霊的な主の意図がありました。そしてそれは現代に生きるクリスチャンにとっても、象徴的な意味を持つものでした。「すべてが新しい」と言われるクリスチャンは、一体どういう点で「新しい」のか。聖書から学んで行きます。
出エジプト記講解シリーズ

十戒—自分自身への誠実

モーセの十戒を5回に分けて学ぶシリーズの最終回。「偽りの証言をしてはならない」と「隣人のものを欲してはならない」を見ていきます。今回は、これまで「外側」にフォーカスがあった戒めが初めて「内面」に視点を移します。この根底にも、聖書が人間をどう見ているかについてのユニークな思想がありました。様々な価値観が表れては消えて行く現代社会において、「変わらない神の教え」は人間関係について何を私たちに教えているのでしょうか。聖書から説き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

十戒—いのちに対する敬意

モーセの十戒の後半、人間関係についての教えが書かれた部分を見ていきます。今回はその最初の二つ、「父と母を敬え」と「殺してはならない」を見ていきます。どちらも、表面的には「守ると良い道徳律」や「常識で分かる倫理」のように見られていますが、実はこの二つの戒めには、聖書が語る「いのち」についての根本的なユニークさが現れているのです。それはどのようなことでしょうか。聖書から、丁寧に説き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

十戒—神を聖とせよ

モーセの十戒の第三戒と第四戒をとりあげる今回。誤解されることの多い、神の名を「みだりに」唱えるということの意味、そして、分かったようで分からない安息日を「聖」とするの意味にフォーカスを当てます。現代社会において、「主の御名」や「安息日」はどんな意味を持っているのでしょうか。聖書全体を踏まえながら、丁寧に説き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

十戒—神を神とせよ

40章からなる出エジプト記も、20章から後半に入りますが、その先頭にあるのが「モーセの十戒」として知られる十の戒めです。この教えは、聖書の屋台骨でした。神はそれをイスラエルの民に示すことで、彼らの心に信仰の柱を据えようとされます。「神を神とする」。ことばにすれば簡単なように思えるこの命令も、実は背後に深い神のご配慮がありました。それは、どのようなものだったのでしょうか。聖書から丁寧に説き明かします。
出エジプト記講解シリーズ

あなたはわたしの宝となる

旧約聖書最大の教えと言えば「モーセの十戒」ですが、今回はこの十戒が与えられる1つ前の章を見ていきます。舞台となるのはシナイ山。イスラエルの民を前に、神がご自分の姿を現すという劇的な場面です。一見するとその映像的な描写に心が奪われますが、聖書が最も伝えたいことは「神を礼拝するとはどんなことか」でした。ご一緒に、聖書から教えられて行きたいと思います。
出エジプト記講解シリーズ

あなたの重荷を軽くせよ

負わなくてよい重荷を背負い込んで、自分も周りも不幸になる—。このような状況にあると、なかなか本人は気づきにくいものですが、果たしてモーセもそうでした。そんなとき、神はモーセに相応しいアドバイザーを与えて下さいます。それが姑のイテロという人でした。異教の祭司であった彼がどのようにしてイスラエルの神を信じ、ここまで用いられる人となったのか。聖書から丁寧に説き明かします。
出エジプト記講解シリーズ

なぜ主を試みるのか

「神を試みる」。聖書の中で一貫して罪とされていますが、分かったようで分からない概念、というのが実際ではないでしょうか。エジプトを出て数ヶ月。イスラエルの民は事あることに神を試みています。その背後にあったのはどんな考えなのでしょうか。また、それに対処したモーセは、何を教えられたのでしょうか。現代に生きる私たちへの教訓の視点を持ちつつ、聖書から説き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

心せよ、安息を与えし主を

しばしば「戒律」と受け取られがちな「安息日」。実はそうではなく、「神様からのギフト」なんだよ、と聖書は語ります。なぜそう言えるのでしょうか。それは、エジプトから脱出したイスラエルの歩みにありました。そしてこの「安息日」は、現代に生きる私たちにとっても、実は大きな意味を持っていました。その意味について、聖書から丁寧に語っていきます。
出エジプト記講解シリーズ

毎日、その日の糧を

モーセに率いられ、エジプトを脱出したイスラエルの民が次に向かったのは「荒野」でした。何もない荒れ果てた地で1ヶ月間行動した一行でしたが、たちまち食糧危機が発生します。民の不平や訴えを耳にしたモーセに神が語られたのは、実に意外な解決方法でした。一見すると奇想天外にも思える出来事のなかには、現代に生きる私たちにも通じる、信仰生活の大切なレッスンがありました。聖書から、丁寧に説き明かします。
出エジプト記講解シリーズ

わたしは主、あなたを癒やす者

「海が分かれて間を通って救い出される」。あり得ないような形でエジプトから救い出されたイスラエルの民は、神をほめたたえて賛美の歌を歌います。その姿は、現代に生きる信仰者の姿の予型でした。そして、救われた民は早速荒野に導かれます。「信仰を持てば、楽な道を歩めるはずでは無かったのか」。誰もが一度は考えるそのような問いに、聖書はどんな答えを与えているのでしょうか。丁寧に説き明かします。
出エジプト記講解シリーズ

この方こそ、私の神

神の奇跡的な守りによってエジプト軍の追跡から救い出されたイスラエルの民は、神をほめたたえる歌を歌います。末永く歌い継がれることになったこの歌の中には、信仰者として生きることの恵みと幸いが詰まっていました。この歌が発する、現代に生きる信仰者にとっても語り継がれるべきメッセージとは何か。分かりやすく説き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

この大いなる御力を

旧約聖書の中でも最も劇的な出来事の一つである、「分かれた紅海をイスラエルの民が通り抜ける」出来事が起こります。これは、聖書が全体として語ろうとしている「救い」とは何であるかを、もっとも端的に表す出来事でした。聖書が語る救いのメッセージを丁寧に解き明かしていきます。
出エジプト記講解シリーズ

彼らは追いついた

「神を信頼して新しい道に踏み出したのに、すぐに袋小路に直面する」。私たちは時に、そんな状況に出会うことがあります。私たちに取っては不可解なその状況も、神の目から見るとすべてが明らかであり、確かに神は私たちを導いて下さっていると、後から理解することができます。もちろん、渦中にある時はなかなかそれが理解できにくいものです。この聖書箇所にも、そのような人々が登場します。彼らを率いるモーセはどのようにして励まし、導いていったのでしょうか。聖書のことばに耳を傾けてみませんか。
出エジプト記講解シリーズ

主の力強い御手によって

イスラエルの民がエジプトを出た直後の場面を見ていきます。神はイスラエルに、ある祭りと儀式を命じています。一見すると私たちに馴染みが薄いように思えるこの二つの事柄は、実は今の時代のクリスチャンに対しても当てはまる、とても大切なメッセージを持ったものでした。「烏合の衆」としてエジプトを出た民に、雲の柱、火の柱をもって共に歩んで下さる主は、今の時代にも私たちと共にいて下さいます。その大きな恵みを、聖書からご一緒に覚えたいと思います。
出エジプト記講解シリーズ

寝ずの番をしてくださる主

ついにイスラエルの民がエジプトから脱出する、歴史的な場面です。人間の目には不可能に思えるミッションを可能にしたのは、ひとえに神の力でした。現代的な目線からは理解が難しく思える部分にも丁寧に目を配りながら、この出来事が信仰者にどんなことを教えているのか、説き明かしていきます。
タイトルとURLをコピーしました