神の備え

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low angle photo of cherry blossoms tree

『目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、人の心に思い浮かんだことがないものを、神は、神を愛する者たちに備えてくださった。』(Iコリント2章9節)

4月の上旬、初夏を思わせるような陽気で、外出時の服装が難しい日が何日か続きました。この陽気に背中を押されたのか、古川でもが咲き始め、一気に満開になってしまいました。

関東以西ではすでに「満開」のニュースが届いていましたが、古川では先々週まで一つも咲いていませんでした。それが突然の満開です。まるで何も無い所に急に出現したかのような、そんな不思議な感覚を抱いた方もおられたのではないかと思います。

ただ、もちろん花は何も無い所に出現した訳ではありません。

厳しい冬の間じっと寒さに耐えながら、一枚また一枚と花びらを蓄え、つぼみを膨らませながら、今か今かと、その花びらを広げる日を待っていたのです。私たちの気づかない所で、木々はすでに周到な準備をしていたのです。

このことは、「神の備え」についても言えることではないでしょうか。

私たちの人生には、様々な困難や辛いことがあります。時には凍てつく真冬の吹雪のような心境になることもあります。「神様はおられないのではないか。私のことなど気にもとめてないのではないか」。そう感じることもあるかもしれません。

でもそれは、神様がいないからではないのです。私たちのほうが神様の「備え」に気がつかないからなのです。

神様は「人生の冬」の間も、私たちのために必要な備えを着々としていて下さいます。そして時が来ると、見事な花が咲いて分かるのです。「ああ、これが神様の備えだったのですね!」と。

これが信仰を持って生きる人の幸いなのです。

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