マルコ

マルコの福音書講解シリーズ

不信仰の本質

地元出身の有名人・ヒーローの凱旋ともなれば喝采が起こりそうなところ、イエス・キリストの帰郷はそれとは正反対の反応が起こります。一体、何が原因だったのでしょうか。信仰を持つことを妨げる二つのポイントに目を向けつつ、聖書から説き明かしていきます。
マルコの福音書講解シリーズ

恐れず、ただ信じていよ

マルコの福音書からのシリーズ。イエス・キリストが二人の人の求めに応じて癒やして救う場面です。この二人はそのプロフィールにおいて顕著な違いがありましたが、似通った面もありました。一見すると奇妙にも見える進行をする中から、信仰とは何か、イエスの救いとは何かが力強く現されていきます。聖書を丁寧に追いつつ、説き明かしていきます。
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イエスを誤解する人、伝える人

同じ出来事を体験しているのに、まったく正反対の反応に直面するという経験をされたことはなかったでしょうか。今回の聖書箇所ではまさに、そのような対照的な反応が生じています。イエス・キリストを誤解して、その恵みをもらい損なった人もいれば、イエス・キリストを真に理解して、人生が変えられた人がいました。この違いはどこからくるのか。当時の背景なども踏まえて、聖書から丁寧に説き明かします。
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向こう岸へ渡ろう

イエス・キリストに従ったのに、大きな災難に巻き込まれることがあるのはどうしてか。今回の聖書箇所には、まさにそのような経験をした弟子たちの姿が記されています。ところが、ガリラヤ湖を襲ったそんな嵐の中でも舟の中のイエス・キリストは眠ったままでした。弟子たちとのこの違いはいったいどこから来るのか。信仰の本質と、ともにいて下さる神の恵みに焦点をあてつつ説き明かします。
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神の国の性質とは

マルコの福音書の中心的なテーマである「神の国」。分かったようで分からないこの言葉について、イエス・キリストはたとえ話を用いてさらに詳しい説明をしていきます。そのポイントは二つでした。私たちが一般にイメージする「国」とは大きく異なる特徴を持つ「神の国」とは、いったいどのような性質を持っているのでしょうか。聖書から丁寧に説き明かします。
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実を結ぶ信仰生活とは

有名なイエス・キリストの「種を蒔く人のたとえ」の、キリストご自身による解説部分を見ていきます。全体に流れるテーマは、イエスのメッセージの「聞き方」であり、それが個々人の未来にも関係してくることが明かされていきます。信仰者の誰もが願う「実を結ぶ信仰生活」は、どのようにすれば得られるのでしょうか。ご一緒に教えられたいと思います。
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神の国の種を蒔く

マルコの福音書の中心的なテーマである「神の国」。分かるようで分からないこの国のことをイエス・キリストは徐々に教えて行かれます。今回は「誰がイエス・キリストの家族なのか」という問いかけから始まり、有名な「種を蒔く人のたとえ」へと展開していきます。神の国の民として生きるとはどんなことなのか。分かりやすく説き明かしています。
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罪を赦される恵み

イエス・キリストの噂が広まり熱狂が沸き起こるにつれて、反対も強まっていきます。今回はその中でも「家族からの反対」と、「イエスの力はどこから来ているのか」ということにおける反対に焦点が当たります。そして反対への応答の中でイエス・キリストは「どのような罪でも赦されること」を宣言されます。それは罪意識に悩む人々にとって真の希望であり慰めでした。聖書の良き知らせ(福音)の中心をなす「赦し」をテーマに説き明かします。
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使徒たちの任命

1世紀のキリスト教の伝搬に中心的な役割を果たした「使徒」。クリスチャンでない人でも一度は聞いたことがある単語でしょう。今回はこの使徒たちをイエス・キリストが任命するシーンです。一般社会ではリーダーの任命には優秀さや弁舌のうまさなどが基準にされるところですが、イエス・キリストはそのような基準はとられませんでした。それは現代において「キリストを信じて生きるとはどういうことか」を教えるものでもありました。聖書から「弟子としての道」を分かりやすく説き明かします。
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生ける信仰と死せる信仰

「信仰の本質は戒律を守ることなのか、それとも他にあるのか」。誰もが一度は疑問を感じることではないでしょうか。多くの人が前者こそ信仰であると考え、イエス・キリストに対してもその観点から非難が浴びせられます。それに対してキリストは旧約聖書を引き合いに出して、その誤りを指摘しました。神が私たちに期待しておられる信仰のあり方とはどのようなものなのか。現代社会も見つめながら、丁寧に説き明かします。
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新しい皮袋に

イエスの初期の活動のうち、カペナウムの町で取税人レビを弟子に選んだ場面を見ていきます。誰もが眉をひそめる裏切りの職業、それが当時の取税人の置かれた立場でした。そのような人物を受け入れ、また仲間の取税人や、当時宗教的に疎外されていた「罪人」たちと食事を共にするイエスへの疑問や反発が少しずつ強まっていきます。しかし、そのようなすべてのことをイエスは理解した上で、行っていました。それどころか、このような歩みにこそ、キリストの福音(良き知らせ)の本質がありました。当時の時代背景にも触れながら、説き明かしていきます。
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あなたの罪は赦された

イエス・キリストの公の活動の初期に起こった出来事の中でもとりわけ印象深い「中風の人のいやし」の場面を扱います。麻痺した身体を4人の仲間に支えられ、他人の家の屋根をはがしてイエス・キリストの前に吊り降ろすという荒技をした中風の人にかけられたキリストの第一声は、温かみに満ちたものでした。人の罪を背負い、癒やして下さるために到来した救い主の姿を、聖書から説き明かします。
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福音を伝えるために

マルコの福音書シリーズ第3回。カペナウムの町で起こった、イエス・キリストの二つの癒やしの出来事を対比させつつ、「癒やし」が氾濫する現代にあって、「人間にとって、癒やされるとはどういうことなのか」を考えます。
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わたしについて来なさい

マルコの福音書のシリーズ第2回。イエス・キリストの宣教活動の最初期、特に中心的な4人の弟子を招く場面と、その後の悪霊を追い出す場面を見ていく。クリスチャン生活の中心である、イエス・キリストの弟子として生きていくとはどのようなことなのか。また、イエスとはどのようなお方なのかに目を向けながら丁寧に説き明かす。
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神の子イエス・キリストの福音のはじめ

新約聖書に含まれる4つの福音書のうち最も簡潔で短く書かれているマルコの福音書。最も古いと言われるこの福音書には、ある特徴があった。それは「最初に結論が書かれていること」であった。マルコはなぜこのような書き方をしたのか。著者マルコの意図を汲み取りつつ、イエス・キリストの働きのはじめの部分が現代に生きる私たちに何を教えているのかを説き明かす。
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